解離の定義・原因・目的 1
「解離」の定義
心理学的・精神医学的症状(あるいは現象)を過不足なく定義づけするのは,非常に難しいことです。Janetが提唱して以来,「解離」という用語もまた,さまざまな研究者・治療者が,各自のモデルにもとづいて述べられてきました。ここではまず,国際的診断基準である,ICD-10とDSM-5における「解離」の定義を見ていきましょう。
解離は,ICD-10によると,「過去の記憶,同一性と直接的感覚の意識,そして身体運動のコントロールの間の正常な統合が一部ないしは完全に失われた状態」と定義されています。
また,DSM-5では,「意識,記憶,同一性,情動,知覚,身体表象,運動制御,行動の正常な統合における破綻および/または不連続」とされています。
平たくいえば,解離は「通常は1つのまとまりになっている人間の心の働きが,まとまりを失った状態」を指します。
「解離」の原因・目的
そう聞くと,おそらく「どうしてそんな状態になるの?」「なぜ,そうなる理由について,定義では触れていないの?」「記憶の破綻が解離なら,認知症も解離なの?」「同一性(自分がたしかに自分であるという感覚)や意識の破綻が解離なら,役になりきっている役者や,ビートルズのコンサートで失神したファンも解離なの?」など,さまざまな疑問が湧いてくることでしょう。
「どうしてそんな状態になるの?」
「なぜ,そうなる理由について,定義では触れていないの?」
...これについては,触れていないわけではなく,DSM-5を読み進めていくと,解離症群は「しばしば心的外傷の直後に生じる」との説明があります。ただ,これはあくまで病的な解離についてのことであり,また,病的な解離であっても,100%心的外傷が原因だとはいえません。
ましてや,解離全般についての原因は幅広く,言及するのは意外とむずかしいものです。解離の目的論・原因論については,意外にも,次の質問に答えることで説明できそうです。
「記憶の破綻が解離なら,認知症も解離なの?」
この疑問に答えるためには,「意識,記憶,同一性,情動,知覚,身体表象,運動制御,行動」の破綻が,ある共通の(おおむね無意識的な)目的のために起きる病態が解離である,という点がポイントになります。
解離する目的(解離の心理的機能)について,Ludwigは,次の7つをあげています。
(1) 行動の自動化
(2) 労力の経済的効果的な利用
(3) 解決困難な葛藤の棚上げ的解消
(4) 現実の制約からの逃避
(5) 破局的な体験からの切り離し
(6) 情動のカタルティックな発散
(7) 集団帰属感の強化
認知症における「記憶の破綻」には,少なくとも(1)~(7)のいずれの目的もあるとはいえません。認知症による「記憶障害」は,心的防衛機制ではなく,脳の機能の低下による結果だからです。ゆえに,認知症の「記憶の破綻」は,解離には当たらないのです。
「同一性(自分がたしかに自分であるという感覚)や意識の破綻が解離なら,役になりきっている役者や,ビートルズのコンサートで失神したファンも解離なの?」
「役になりきっている役者」は,「没頭」という解離の適応的側面であり,「没頭」をもっと単純化したものが,Ludwigの挙げた(1)または(2),つまりは「外出するとき,無意識のうちに家の鍵を閉めている」「自転車に乗りながら口笛を吹く」といったものに当たります。
コンサート中に失神したファンは,熱狂状態・トランス状態―こちらは,(6)または(7)に該当します―にあります。「このまま我を失って,おかしな行動に及ぶくらいなら,気を失ったほうがマシ」と,心が判断した結果かもしれませんし,「交感神経が最高に張り詰めると,草食動物が猛獣に出くわしたときのフリーズ現象と同等なことが起きる」からかもしれません。もちろん,「高速道路催眠現象」が死亡事故につながるように,コンサートでトランス状態に没入して転倒して頭を打った結果,大怪我を負うこともないわけではありませんが,いずれにせよ,正常な解離の範疇といえるでしょう。
そして,最も病的とされる解離は,(3)(4)(5)の心理的機能を担っています。